おんぼろハウスと人形たち
― 妖精の女王クロスパッチのお話集(前半)―
フランシス・ホジソン・バーネット 作
佐藤志敦 訳
さて、このお話は、わたしのお気に入りの人形の家族と、お気に入りではなかった人形の家族の物語です。この本を読んだら、これからわたしが話すことをちゃんと覚えておかなくてはいけませんよ。それはね、こういうこと。人形なんて、なんにもできないと思っていたら、そのとおり何も見えない。だけどそれは、とんでもない間違いだということなの。
人間が見ていなければ、人形は、やりたいことはなんだってできます。踊ったり、歌ったり、ピアノを演奏したり、あれこれ好きにやれるのです。ただし、動きまわったり話したりできるのは、人間が後ろ向きになって人形を見ていないときだけ。もし誰かに見られたら、人形はピタッと止まってしまいます。
妖精はそれを知っていますし、もちろん、気のいい人形たちの家にならどこへだって遊びに行きます。でも、嫌みな感じの人形たちとは友だちになりません。高慢ちきで気難しい人形たちの家には絶対に行かないし、ごあいさつの葉書も送りません。妖精って、とてもはっきりしていますから。
みんなも、うぬぼれ屋さんだったり、いつも機嫌を悪くしているような子どもだったりしたら、一生妖精とは仲良くなれないわよ。
妖精の女王 クロスパッチ
おんぼろハウスは、シンシアの子ども部屋のすみっこにありました。そしてそこは、いちばんいい場所とはいえませんでした。ドアの陰になっていて、人気のあるおしゃれな界わいというにはほど遠かったのです。おんぼろハウスは、シンシアの誕生日に「ステキなお城」が届いてからというもの、邪魔にならないようにそこに押し込まれたままでした。
ステキなお城を見るやいなや、シンシアはおんぼろハウスのことなんかどうでもよくなってしまって、いえいえ、本当は、もう持っているだけで恥ずかしくなってしまったのです。そして、こんなボロボロの古い人形の家には、ドアの陰になるすみっこで十分だと思いました。なぜって、このきれいで大きくて新しい、お城みたいな人形の家には、とっても優雅な雰囲気の椅子やテーブルやじゅうたんやカーテンや置物や絵やベッドやお風呂やランプや本棚があって、正面玄関にはドアをノックするための金具もついているし、建物の裏手にはポニーが引く二輪馬車のついた馬小屋まであるのですから。それを見たとたん、シンシアは大声をあげました。
「うわあ、なんてステキなお城なの! あのぐちゃぐちゃでがたがたのおんぼろハウス、どうしたらいいかしら? あんまりボロボロで古くさくて、お城のそばになんか置けないわ!」
これが、この古い人形の家に名前がついたいきさつでした。それまでは、ずっと「人形の家」と呼ばれていたのですが、あまりおしゃれとは言えないドアの陰に押し込まれてからというもの、どんなときでもおんぼろハウスと呼ばれるようになったのです。
当たり前のことですが、ステキなお城はとても立派で、新しく、今どきの道具はあれこれ何でもそろっていましたが、おんぼろハウスは、これでもかというほど時代遅れでした。もともと、おんぼろハウスはシンシアのおばあさまのものでした。ビクトリア女王が小さな女の子だったころに作られて、その時代には、プリンセスが持っている人形の家でさえ、電気でつく明かりなどついていなかったのです。
シンシアのおばあさまは、たった七歳でしたがとてもきれい好きだったので、人形の家をとても丁寧に使っていました。でも、シンシアはあまりきれい好きな子ではなかったので、家具が汚れたのできれいにするとか、壁紙を貼りかえるとか、じゅうたんやふとんを繕い直したりはしませんでしたし、人形の家族に新しい服を作ってあげようなんてことは思いつきもしませんでした。そんなわけで、当然ですが、ビクトリア朝の初めのころに作られたドレスやケープや帽子は、時がたつにつれて、言葉で言い表せないくらい、どんどんボロボロになっていったのです。
知っているでしょう? ビクトリア女王が小さかったころには、女の子の人形はへんてこなドレスの下に、裾がひらひらした長いズボンをはいていましたし、男の子の人形だっておかしなフリルのついたズボンと上着を着ていて、見ただけで吹きだしてしまうような格好だったのです。
でも、おんぼろハウス一家は、ずっと昔の楽しかったころこのことを覚えていました。わたしと妖精たちも、あの子たちがピカピカに真新しくて、おばあさまの誕生日プレゼントだったときのことを覚えています。ちょうど、シンシアが八歳の誕生日にステキなお城をもらったように。でも、シンシアがステキなお城を見たとき以上に、あのときは本当に大騒ぎでした。
シンシアのおばあさまは、踊りまわったり、手をたたいたりして大喜びしました。それから、膝をついて坐ると人形をひとつひとつ取り出しては、なんてきれいなお洋服を着ているのかしらと思ったのです。それから、一人ひとりにとても立派な名前をつけてあげました。
「この子はアメリア」とおばあさまは言いました。「こっちの子はシャーロット、これがビクトリア・レポルディナで、こっちはオーレリア・マチルダに、レオンティンでしょ、それからクロティルダね。男の子は、アガスタスとローランドとヴィンセント、それにチャールズ・エドワード・スチュアートよ」
長い間、人形たちはとても派手でおしゃれな生活を送りました。大舞踏会を開いたり、王宮で王さまにお目にかかったり、命名式や結婚式に出席したり、自分たちも結婚して家族ができたり、しょうこう熱や百日ぜきにかかって、ものすごく盛大なお葬式を出したりしました。
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でも、それはずーっとずっと昔のことで、今は何もかもが変わってしまいました。人形たちの家は、だんだんみすぼらしくなっていき、着ている服もひどくボロボロになっていきました。そして、オーレリア・マチルダとヴィクトリア・レオポルディナはバラバラに壊れてゴミ箱に捨てられ、家族の中でいちばん美人のレオンティンは、ある夜、ニューファンドランドの子犬に暖炉の前の敷物の上まで引きずり出されて、色がすっかり落ちてしまうほどぺろぺろなめられ、そのうえ足をかじられてしまいました。そして、今のような姿になってしまったのです。
男の子のほうはといえば、ローランドとヴィンセントはすっかり姿が見えなくなって、シャーロットとアメリアは、きっと二人とも、家がこんなになってしまったので新しい人生を求めて旅に出たのだと信じていました。そんなわけで、今残っているのは、クロティルダとアメリアとシャーロットと、かわいそうなレオンティン、それにアガスタスとチャールズ・エドワード・スチュアートだけになってしまいました。それに、名前まで変わったのです。
レオンティンは、なめられたせいで色がすっかりはげてしまい、顔のところどころに白い斑点があるだけになっていたので、シンシアのいとこの男の子が、両方のほっぺに真っ赤な丸を描き、上を向いた鼻とお皿みたいな青い目とへんてこな口を描いてあげました。いとことシンシアはレオンティンのことを「リディクリス(すごくおかしい、という意味です)」だねと言って、それ以来、それがその子の名前になりました。
人形たちはみんな関節が自由に動くオランダ人形だったので、好きなように顔を描いたり、思いどおりに手や足を動かしたり簡単にできたのです。シンシアのいとこが色を塗り終わったときには、レオンティンは本当におかしな顔になっていました。確かに美人ではありませんでしたが、上を向いた鼻とまん丸の目とへんてこな口のおかげで、いつも笑っているようだったので、誰も会ったことがないくらい、とても気立てのいい子に見えました。
シンシアは、シャーロットとアメリアのことをメグとペグと呼び、クロティルダはキリマンスケグ、アガスタスはガスティバス、チャールズ・エドワード・スチュアートにいたってはピーター・パイパーと呼ぶようになりました。つまり、立派な名前はもうこれっきりということになったわけです。
本当を言うと、みんなは、それはもういろんなことを経験していたので、こんなに陽気な人形たちでなかったら、発作を起こしたうえに盲腸にでもなって、悲しみのあまり死んでしまっていたかもしれません。でも、そんなことはちっともありませんでした。きっとわかってもらえると思いますが、どんなことからも楽しみを見つけだしていたのです。新しい名前を聞いたときも笑い転げ、あんまり大笑いしたので、みんなその名前がとっても気に入りました。
メグは、ピンク色の絹のスカートのひだ飾りが破けたときに、ピンで留めただけでちっとも気にしませんでしたし、ペグも、子猫がレースのスカーフで遊んでボロボロにして返してきたときに、二、三針ちくちくと繕ってまた使いました。それに、ピーター・パイパーときたら、ズボンの片足をほとんどまるまる失くしたときに、笑ってこう言ったのです。ズボンのないほうが球けりや宙返りするのが簡単なんだよ、いっそこっちもちぎれてしまえばよかったのになあ。
こんなに愉快な一家には、きっと誰も会ったことがないと思いますよ。人形たちは、お話を作ったり、ごっご遊びをしたり、何もなくてもいろんな遊びを思いつきました。
妖精たちがあんまりその子たちを好きだったので、人形の家に行かないようにさせるのができないくらいでした。しょっちゅう遊びに行っては、メグとペグとキリマンスケグとガスティバスとピーター・パイパーと楽しくやっていたのです。わたしが妖精の国で、みんなのために働いているときにもね。けれども、わたしも、このおんぼろでみすぼらしい家族が大好きだったので、妖精たちをひどく叱ることもなかったし、自分でもよく会いに行ったものでした。そんなわけで、この子たちのことをいろいろ知っているのです。
みんなとても仲良しで、気立てがよくて、いつも楽しく暮らしていたので、知り合いなら誰でもこの子たちのことが好きでした。人形たちのことをわかっていないのはシンシア一人きり。ただのとても古くてみすぼらしいオランダ人形だと思っていましたし、確かに、オランダ人形は流行遅れだったけれど。
実を言うと、シンシアは特別にいい子というわけではなくて、それに、ぴかぴかの新しいもの以外はあまり興味も持っていませんでした。でも、レースのスカーフを破いてしまった子猫は人形の家族と仲良しになったので、みんなを大好きでした。そして、ニューファンドランドの子犬はレオンティンをなめたり左足をかじったりしたことを、取り返しがつかないことをしたと、とても反省していました。
子犬は、首輪がつけられるほど大きくなったらすぐに、レオンティンと結婚したいと思いましたが、レオンティンは家族をおいては行けないわと言いました。もう前のように美人ではないけれど、頼りになるし、台所仕事は彼女がぜんぶ切り盛りしていましたし、家族の誰かが病気になったときにずっと付き添ったり、湿布や牛肉のスープを作ったりするのも彼女でしたから。子犬はレオンティンの言うことはもっともだと思いました。リディクリスは家族のだれからもとても愛されていて、彼女なしでやっていくなんて、とうてい考えられないことだったのです。
メグとペグとキリマンスケグは、したいと思えば、自分が好きなときにいつでも結婚できました。二羽のスズメと一匹のネズミの紳士が、この三人に何度も何度も結婚を申し込んでいましたが、三人ともこう言ったのです。おしゃれな奥様になるより、自分の家で元気に楽しく暮らしていたいわ、と。
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でも本当は、メグとペグも、リディクリスと同じように家族と離れ離れになるなんて耐えられなかったし、スズメの巣で卵を温めて暮らすのは嫌だったのです。それに、キリマンスケグはリディクリスと一緒にいられなかったら悲しくて死んでしまうと言うのですが、リディクリスはチーズやパンくずやネズミの好きなものが苦手だったので、ネズミの穴なんかでは、どうしたって一緒には暮せませんでした。でも、そういう話をとても優しく伝えたので、ネズミの紳士もスズメたちも傷つくようなことはなく、みんなはそれからも以前と同じように人形の家へたずねてきました。
何もかもがとてもボロボロでみすぼらしく、けれど、それはもう愉快に楽しく暮らしていたのですが、ステキなお城が子ども部屋に運び込まれると、家族みんながびっくり仰天するような事件が起こりました。
それはこんなふうに起こったのです。
子守が人形の家を持ち上げてドアの陰のすみっこに押し込んだときには、もちろん、メグもペグもキリマンスケグもガスティバスもピーター・パイパーもとっても興奮してぶるぶる震えました。(リディクリスは買い物に出かけていました。)家具はぐらぐらと揺れ、なんでもいいからつかめるものがあったら、しっかり握っていなければならなかったくらいです。
キリマンスケグはテーブルの下にもぐり込み、ピーター・パイパーは石炭箱に逃げ込みました。でも、そんな大事件にもかかわらず、人形たちはいつもとちっとも変わらず、子守が家をドシンと床に置くと、立ち上がってどっと笑いだしました。そしていっせいに窓のほうへ駆けて行って外を眺め、戻ってきてはまた笑ったのです。
「ええとだね」とピーター・パイパーは言いました。「僕らは昔の立派な名前じゃなくて、メグとペグ、キリマンスケグとガスティバスとピーター・パイパーって呼ばれているし、今はおんぼろハウスって名前の家に住んでいるけど、そんなこと気にしない! さあ、手をつないで踊ろうよ」
そしてみんなは手に手をとって輪になってぐるぐる踊り、かかとでステップを踏みました。するとボロボロの服がちぎれて飛びちり、それがおかしくて大笑いし、あげくの果てには床に倒れ込んでしまいました。みんな折り重なるようにして。
ちょうどそのとき、リディクリスが帰ってきました。子守がリディクリスを椅子の下で見つけて、窓から押し込んだのです。リディクリスは、穴だらけで中身が飛び出している応接間のソファに坐り、片方しかない足を体の前にまっすぐに投げ出して、日よけ帽子とショールはまとめて横に置き、左腕にかけたかごは市場で安く買ったものでいっぱいでした。急に空中に持ち上げられかたと思うと、ひゅーっと飛ぶように運ばれたので、息を切らして真っ青な顔をしていましたが、お皿のような大きな目とおかしな口は、今まででいちばん楽しそうに見えました。
「ああ神さま、たった今わたしが聞いたことを知ったら、みんななんて思うかしら!」
みんなはさっそく集まってきて一緒に大声で言いました。
「お帰り! いったいどうしたの?」
「子守がそれは恐ろしいことを言ったのよ」と彼女は答えました。「シンシアが古いおんぼろハウスをどうしたらいいかしらって聞いたら、子守は『あらまあ! ちょっとドアの陰に置いておきますけど、そのうち下へ運んで燃やしてしまいますよ。今どきの子ども部屋に置くにはみっともなさすぎますからね』って」
「なんてこった!」とピーター・パイパーが叫びました。
「ああ!」とガスティバスが言いました。
「まあ! まあ! まあ!」とメグとペグとキリマンスケグが声を上げました。「このボロボロの素敵な家を燃やしちゃうっていうの? ほんとに燃やすと思う?」
そして、みんなのほほを涙が流れはじめました。
ピーター・パイパーはポケットに両手を突っ込んで、どしんと床の上に座り込みました。
「どんなにぼろだって構いやしないよ。ほんとに楽しくて素敵な家だよ、それに僕らのたった一つの家じゃないか」
「ほかの家なんか絶対ほしくないわ」とメグが言いました。
ガスティバスはポケットに手を突っ込んで壁によりかかって言いました。
「イギリス国王にしてやると言われたって動くもんか。バッキンガム宮殿だってここの半分も素敵じゃないさ」
「ずっと楽しくやってきのよ」とペグが言い、キリマンスケグはボロボロのハンカチで涙をぬぐって首を左右に振りました。ピーター・パイパーがいつものようにみんなを元気づけなかったら、みんなどうなってしまうか知れないところでした。
「ねえ。あの音、聞こえる?」
耳をそばだてるとゴロゴロという音がしていました。ピーター・パイパーは窓辺に駆けて行って外をのぞくと、ニヤニヤしながら駆け戻ってきました。
「子守がひじかけ椅子を動かしてこの家を隠しているんだよ。お城に失礼にならないようにさ。やったあ! やったぞ! 見えなくなればそのうち僕らのことなんかさっぱり忘れて、燃やされる心配もなくなるよ。僕らの素敵なおんぼろハウスはほったらかされて、前よりもっと楽しくやれるんだ。だってさ、もうシンシアに付き合わされることもないんだから。やっほー! ほら、手をつないでみんなで踊ろうよ」
そうして人形たちは手に手をとってもう一度輪になって踊り、すっかり安心したので笑いに笑って、とうとうさっきと同じように山のように重なりあってしまいました。そして、くすくす、きゃあきゃあ笑い転げました。
少なくとも、しばらくの間は完ぺきに安全のようでした。大きな安楽椅子のおかげで、子守もシンシアも、そこにおんぼろハウスがあることをきれいさっぱり忘れているようなのです。シンシアはステキなお城が大変気に入って、毎日毎日そればかりで遊んでいました。そして、おんぼろハウスの人形たちは、こんな立派なご近所さんにやきもちを焼くどころか、自分の家の窓からお隣を眺めては、とても楽しく過ごしていました。
ボクサーは暑さの中でどのくらいの滞在ん。
おんぼろハウスではあちこち窓が壊れていて、なかには割れたガラスのかわりに布きれや紙が詰め込まれているところもありましたが、それでも、メグとペグとピーター・パイパーが一緒に一つの窓、ガスティバスとキリマンスケグが一緒に別の窓から外を眺めていました。そして、リディクリスは、お皿洗いやポテトの皮むきを、なかなかやり終えられませんでした。なぜって、台所の窓からお城の台所が見えたのです。それはもう、本当にわくわくする眺めでした!
お城の人形たちは言葉にできないほど華やかで、それにみんな貴族とレディでした。名前はこんなふう。レディ・グエンドリン・ビアデビア。お高くとまった感じで、黒い目に黒い髪、威張りくさったようにふんぞり返って、鼻は高々と空を向いていました。レディ・ミュリエル・ビアデビアは冷たい感じの美人でどんなものにも無関心、すっととおった鼻先から人を見下していました。レディ・ドリスはふわふわの金髪で、人を馬鹿にしたように笑うのです。ユベール卿とルパート卿とフランシス卿は、だれもが気絶してしまいそうなほどハンサムでした。そして彼らの母親、タイディシャイアー公爵夫人がいます。それにもちろん、ありとあらゆるメイドや使用人やコックや料理婦、それに庭師までいたのです。
「こんな上流社会の人たちを見て暮せるなんて思ってもみなかったね」とピーター・パイパーが家族に言いました。「なんて恵まれているんだろう」
「まるで自分たちが上流階級の仲間入りをしたみたいだわ。ただ眺めているだけなのに」
メグとペグとキリマンスケグはそう言ってぎゅっと抱き合い、屋根裏部屋の窓に鼻を押し当てました。
おんぼろハウスのみんなは、白地に金の飾りつけの贅をこらした応接間で、鼻の上に金の眼鏡をかけた公爵夫人が暖炉のそばに坐って本を読むのや、レディ・グエンドリンが威張りくさってハープを弾くのや、レディ・ミュリエルが冷ややかな面持ちでそれを聞いているのを、ちょくちょく眺めることができました。レディ・ドリスは金色の髪をメイドに結わせ、ユベール卿はいかにも高貴な生まれという雰囲気を漂わせて新聞を読み、そして、フランシス卿は知り合いの貴族に手紙を書き、ルパート卿は偉そうな態度で位の高いレディたちからのラブレターにさっと目を通していました。
キリマンスケグとピーター・パイパーは、大はしゃぎでお互いをつねったり、大喜びできゃあきゃあ騒いだりしました。
「たまんないよね?」とピーター・パイパーが言いました。「ほら、めちゃくちゃカッコいいじゃないか! でも、フランシス卿はあのズボンじゃ僕のように球けりはできないね。誰も僕にはかないっこないけどね。あの人たちが球けりするところを見てみたいなあ」
そう言うと、ピーター・パイパーは部屋の真ん中で宙返りを三回して、じゅうたんのいちばん大きな穴に頭を突っ込んで逆立ちし、足をくねくね、つま先もくねくね動かして、みんなを大笑いさせたので、リディクリスがお鍋を手に持ったまま、額に汗をかきながら走ってきました。リディクリスはカブを料理したのですが、晩ごはんに食べるものといったらカブしかなかったのです。
「そんなに大笑いしちゃだめよ」とリディクリスはぴしゃりと言いました。「あんまり騒々しくしたら、ステキなお城の人たちが、身分の低い近所のことに文句を言いだすかもしれないわ。どこかへ引っ越すって言うかもしれないじゃない」
「わお! 夜逃げかよ!」とピーター・パイパーが言いました。ピーター・パイパーは時々新しい人形言葉を発明するのですが、悪気はちっともないのです。「どんなことがあっても引っ越しなんてさせないよ。僕の生きる糧なんだから」
「あの人たち、今夜は十品もあるディナーを食べるのよ」とリディクリスが言いました。「台所の窓から料理しているところが見えるの。でもわたしったら、カブ料理しか作ってあげられなくて」
「かまうもんか!」とピーター・パイパーがいいました。「カブで十品のコース料理を作って、お城であの人たちが食べているのとおんなじだと思えばいいんだよ」
「僕はカブ料理がいちばん好きだと思うよ。たぶんね――たぶん、そうでもないけど」とガスティバスが言いました。「カブの十品コースなら、あっという間に食べられるね」
「さあ、あの人たちの料理を確かめに行きましょうよ」メグとペグとキリマンスケグが言いました。「それからピンク色の紙にメニューを書きましょう」
そして、ご想像のとおり、みんなはそのとおりにしたのです。カブを十品のコース料理に分けて、最初の「オードブル」から最後の「アイス」まで、フランス語で呼びました。ピーター・パイパーは料理が変わるたびに席から飛び上がって使用人のまねをして、ボロボロのズボンの裾をひらひらさせながら、うやうやしく料理の名前を告げたのです。みんなは死にそうになるくらい笑って、生まれてこのかたこんなに素晴らしい晩ごはんは食べたことがない、それに、ステキなお城に住むより、このドアの陰にあるおんぼろハウスに住んで、ステキなお城の人たちを眺めるほうがいいと口々に言いました。
食後はもちろん、みんなは手に手を取って輪になってぐるぐる踊り、楽しくてたまらずかかとでステップを踏みました。いつも、ほんの小さな口実を見つけてはそうやって踊るのですが、踊る理由がないこともよくあって、そんなときには、ただ、とってもいい運動になるし、興奮した気分を少しの間落ち着けるには、もってこいだからと踊りました。
こんなふうにして毎日が過ぎていきました。みんなはほとんど一日じゅう窓のそばで暮していました。ステキなお城の人形たちが目を覚まし、メイドやお付きの人に毎日のように違う服を着せてもらうのを眺めました。馬車で出かけたり、パーティーを開いたり、舞踏会に行くのも見ました。レディ・グエンドリンとレディ・ミュリエルとレディ・ドリスが、接見の間で王さまにお目にかかるために出かけようと、長く裾を引きずる羽飾りつきのドレスに身を包んで現れた日には、みんな嬉しくて熱でも出そうなほどでした。
うっとりするような人形たちが出かけてしまうと、みんなはおんぼろハウスの書斎の暖炉の前に丸くなって坐り、リディクリスが見つけたレディ図鑑から、接見の間の記事を選んでみんなに読んで聞かせました。それから、書斎を自分たちの接見の間にして、ティッシュペーパーでドレスの長い裾をあつらえ、ダイヤモンドのティアラの代わりにガラス玉の冠を作りました。そして、しばらくの間ガスティバスが王族の真似をし、ほかのみんながガスティバスにお目にかかって手にキスをしました。それから役割を入れ替えて、みんなが順に王族の真似をしてガスティバスがみんなにお目にかかったのです。
そして、不意にピーター・パイパーがとても素晴らしいことを考えつきました。みんなをレディや貴族にしてあげたらもっと素敵じゃないかと思ったのです。それで、応接間にあった、ほとんど半分に折れ曲がっていた火かき棒をまっすぐにのばし、王さまが王しゃくでするように、肩に触れてみんなに貴族の位を与えました。そのやり方は王宮の方法とそっくりというわけにはいきませんでしたが、ピーター・パイパーはとりあえず用は足りると思いましたし、とにかく、とってもおもしろいことだったのです。ピーター・パイパーはみんなを一列にしてひざまずかせると、火かき棒で肩に触れながらこう言いました。
「立たれよ、おんぼろハウスのレディ・メグとレディ・ペグとレディ・キリマンスケグとレディ・リディクリス、そして、ライト・アナラブル・ガスティバス・ボロボロ卿!」
そしてみんなはいっせいに立ち上がって、挨拶を交わしたり、膝を折ってうやうやしくおじぎをしたりしました。それから、みんなはピーター・パイパーに貴族の中でもいちばん高い公爵の位を授けました。名前はぺらぺら公爵です。ぺらぺら公爵は、じゅうたんにあいた大きな穴にひざまずき、ほかのみんなが一人ひとり火かき棒でぽこぽこと肩をたたきました。だって、公爵さまにしてあげるには、ふつうの貴族や庭仕事卿にするより、いっぱいたたいてあげなければいけませんでしたから。
その次の日には、前よりもっと驚くような大事件が起こりました。子守がご機嫌斜めで子ども部屋を片付けているときに、安楽椅子をよけておんぼろハウスを見つけてしまったのです。
「あらまあ! まだおんぼろハウスがあったなんて。すっかり忘れていたわ。下へ運んで燃やしてしまなくちゃ。誰か男の人を呼びに行って、取りに来てもらおう」
メグとペグとキリマンスケグは屋根裏部屋にいたのですが、みんな大あわてで一度に下へ降りようとしたので、三人とも階段を下まで転げ落ちてしまいました。おかげで、ピーター・パイパーとガスティバスが何事かと応接間から飛び出して、三人を助け起こさなければなりませんでしたし、リディクリスは台所から息を切らしながら階段を駆け上がってきました。
「大変よ! おうちが燃やされちゃう! おうちが燃やされちゃうわ!」メグとペグが兄弟にしがみついて叫びました。
「窓から逃げましょう!」とキリマンスケグも叫びました。
「人の家を燃やしちゃうなんてあんまりだわ!」とリディクリスが言いながら、台所ふきんで涙を拭きました。
ピーター・パイパーはひどく青ざめていましたが、とっても勇敢だったし、自分がいちばんの年上だということを忘れてはいませんでした。
「さあ、レディ・メグとレディ・ペグとレディ・キリマンスケグ。みんな落ち着こうよ」
「家が燃やされるってときに落ち着いていられるかい」とガスティバスが言うと、ピーター・パイパーはパチンと指を鳴らしました。
「おやおや! 僕らはみんなただの木の人形じゃないか。燃やされてもちっとも痛くないよ。ぱちぱち鳴ってひび割れて、花火みたいに燃え尽きて、それから灰になって空へ舞い上がって、いろんなものを眺められるっていうわけさ。ひょっとしたら、今まででいちばん楽しいことかもしれないよ」
「でもこの素敵なおうちが! わたしたちのボロボロおんぼろハウスが燃やされちゃうのよ」とリディクリスが言いました。「とっても大好きなのに。ここの台所はすごく便利なのよ、ええと、オーブンは壊れちゃってるけど」
そして、事態はかなり深刻そうでした。子守が本当にひじかけ椅子をどかし始めたのです。ところが、椅子はピクリとも動きませんでした。そのわけをお話ししましょう。人形たちが家が燃やされると話している最中に、妖精の一人が煙突からおんぼろハウスにお邪魔したのです。そして、その妖精がわたしを呼びました。わたしはお仕事妖精の軍隊全部を率いて、あっという間に子ども部屋へかけつけました。子守には妖精の姿は見えなかったけれど、妖精たちがみんなで椅子をじゅうたんに押しつけていたので、ちっとも動かなかったというわけです。
そしてこのわたし、妖精の女王クロスパッチがシンシアの家の一階を飛びまわり、そこにいた使用人に、ちょうどそのとき思い出させたのです。シンシア宛に届いた小包を子ども部屋へ持って上がらなければってね。もしその場にわたしがいなかったら、使用人は荷物のことは忘れたままで、何もかも手遅れになるところでした。でも、もうぎりぎりというときに使用人が子ども部屋に現れ、そのとたん、シンシアは飛びあがりました。
「まあ! それ、かわいい足を折っちゃったお人形よ。わたし、病院へ送ったの。レディ・パッツィーだわ」
シンシアは箱を開けると喜びの声をあげました。そこには、レディ・パッツィー(本当の名前はパトリシアです。)がレースのフリルつきのナイトガウンに身を包んで横たわっていました。可愛らしい足には包帯が巻いてあって、小さな松葉づえがひと組と腕利きの看護婦がそばに付き添っていました。
そのときは、こうしてみんなを救ったのです。レディ・パッツィーと松葉づえと看護婦がやってきて、かなりの大騒ぎになったので、誰もほかのことに気が回らなくなったし、妖精たちがひじかけ椅子を押し戻したおかげで、おんぼろハウスは見えなくなって、再び忘れ去られたのでした。(つづく)
2010年12月20日号
(第4巻181号)
Copyright ©2007-2010, Shinobu Sato. All rights reserved.
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